みちゃろっく

誰かが掻き鳴らしてくれた音楽を書く

秋山黄色『ONE MORE SHABON』は『白夜』によって完成する

秋山黄色が2022年3月9日にリリースしたアルバム『ONE MORE SHABON』。

36分とは思えないボリューム。聴き手をのめり込ませ、カロリー消費を強いられるような今作。“10曲”各々を掘り下げたのち、秋山黄色が創り上げた“ひとつ”のアルバムとしての意味に思考を向ける。なぜ『白夜』が最後を飾るのか、私なりの正解に辿り着いた。

 

❶見て呉れ

2月6日発売の既発曲。同日公開されたMVは132万回再生(2022年4月12日時点)されている。

曲名や冒頭から漂うのは、世界や他者に対し諦念している〈僕〉。しかし曲を通してのコントラストの移り変わりが凄まじく、〈僕〉の心の明暗をしっかりと歌詞で表現しながら、痛快なテンポで見事にまとめあげている。

 

《生まれ落ちたはずが終わり方がてんで分かんないよ》と、生を諦め終わることを望む〈僕〉の吐露から始まる。それに続く《息を吸わないだけで生きてる事が染みて》では、隠しきれない秋山らしさが炸裂。《胸に風穴が空いたとしても きっと心までは見えやしないよ》苦しみの日々は、他を見離した孤独に収束する。

2番で〈僕〉が諦めた愛と他者の存在がより色濃く出始める。苦しみの渦中でも他者を言い訳にせずに、歪な見て呉れの自分を《愛してほしい》。この曲を聴いているあなたにも、そうやって自分を大切にしてほしいというメッセージが投げかけられているみたいだ。

ここから急速に光が差し始める。それを象徴する言葉こそ《分かり合えないって最高だね》。ここに全てが詰まっている。1人ひとりに異なる見た目や考えがあること、そこに自分も当てはまることを受け入れた〈僕〉は、また世界と関わるっていける。

 

繰り返されるフレーズで〈僕〉の変化が見て取れる。1サビでは投げやりに聴こえた《教えてほしいんだ》が、大サビでは他者への好奇心と親しみを孕んでいる様に聴こえる。

イントロから繰り返し歌われた《一線は愛の言葉 「君の為」と零して 元通り 僕は笑える》は、最初と最後で大きく意味を変える。イントロは自分の本音と建前の線引き=自分の二面性への気づき、2Aメロは人間の裏表に苦しみながらも人との結びつきを諦めきれない、愛の美しさへの葛藤を歌ったのではと私は思う。

そして最後の解釈がひときわ難しい。そもそも《元通り僕は笑える》とあるが、〈僕〉は間違いなく精神的に強く逞しくなっている。心からの笑顔を取り戻したとしても、心境はかなり異なる。ここでいう《一線》はひょっとしたら第一線のことなのか、なんてふと思いつく。第一線とは、戦場で最も敵に近い場所や、その分野で最も活発で華やかな位置を表す言葉だ。〈君〉=他者に一番伝えたい言葉、最も伝え合いたい思いは愛である、なんてことを歌っていたら素敵だな、と。

最後の解釈は飛躍かもしれないけれど、ともかく一人の人間のどん底から救済までを軽やかに歌い上げる秋山には感服。そしてまだ、これはアルバムの1曲目。

 

(2022年最も聴いている曲なだけあって、初っ端からかなりのボリュームで書いてしまいました…。)

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❷ナイトダンサー

第一印象は、爽やかさと突き抜けた疾走感。1Aメロの歌詞の通りのがむしゃらさ。譲れないものを胸にひた走る、そんな姿。

 

と思っていると、生活に目を向けるリアルな描写が。夢と現状を区別し、《心だけ打ち上げている》と自覚しながらも走り続ける。止まらないために動き続けている。

《天才の内訳は99%の努力と 多分残りの1%も努力だ》キャッチーなフレーズ。1%を「イッパー」というあたりにも若者らしさが。周りが現実と折り合いをつけていく中でも《光のような孤独を行け 足跡が道になるまで》と進み続け、《離れても見せてやろうよ》と仲間の夢まで背負い込むその気概が眩しい。

 

歌詞に散りばめられた〈夜風〉〈夜空〉〈星〉〈世界〉といった言葉からは、抱いた夢の壮大さと美しさも感じられる。2サビから大サビにかけては、『見て呉れ』同様メッセージ性が強く浮かび上がる。自分の心に任せて、一人でも足掻いてもがいて駆け抜けろ。優しさは忘れることなく、輝いていよう。

秋山らしい応援ソングに背中を押される。夢追い人はもちろん、受験生や就活生といった人生の岐路に立たされる人には特に聴いてほしい。

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❸燦々と降り積もる夜は

言葉の終わりにハモリを入れてくることで歌が跳ね、格段に聴き心地が良い。何度目かでふと、サビの後ろでなるベースのかっこよさに気づく。

 

始まりは生活の場面を切り取った歌詞。〈配信〉された映画を見るという些細なところから現代を感じる。1サビでの《白のコートに見惚れて目眩がした》の高揚感、昂りがすごい。さらに曲に惹き込まれる。

2番では明るい人柄をのぞかせながらも、寂しさと強がりが見え隠れする。《思い出にするには まだまだ》というワンフレーズが過去も今も、思い出も未練も想起させ〈僕〉の心の中を浮かび上がらせる。

今抱いている悲しみや感情を急がない、流れに身を任せ揺蕩う様子が伝わってくる。肯定感や充足感といったところだろうか。冬の終わりから春に思いを馳せる、春が準備を済ませて迎えてくれる気がしてくる曲。

 

そして、《何回も繰り返す夜が 無駄だと思った朝はありますか?》という部分は、ナイトダンサーで〈夜〉を歌った後だからこその優しさに満ちていると思うお気に入り箇所。

 

 

❹アク

悪、飽く、空く、灰汁。

 

YouTubeで先行解禁された全曲Trailerでも注目を集めていた曲のひとつ。秋山黄色初心者の私としては、このイントロの雰囲気がとても彼らしく感じる。

どこにも属さない視点から、正義と悪だけで片付かない世界を描く。《君が持つのならば拳銃も怖くない》という強烈な言葉に惚れた人は、きっと私だけじゃないはず。

そして歌詞中で〈悪〉と〈アク〉を使い分けているため、ダブルミーニングは間違いないだろう。最初に書いた通り、思いついたのは悪、飽く、空く、灰汁。勧善懲悪への疑念、分かり合えない世界への飽き、中身なんて関係なく立場で決まる空っぽな世界。

いろいろ考えられるけれど、ここでは〈灰汁〉に注目したい。灰汁とは上澄みをすくった液のことで、食品自体が持つ強くてクセのある味(渋味や苦味、臭い)=嫌な味や、クセそのもののこと。洗濯や染め物にも用いられる。そう考えると、表面的に判断される正義と悪、人間が持ち合わせた滲み出るような嫌な部分、善悪に染まりきった観点などに上手くかかっているのでは?

 

きっとここで歌われているのは世間一般で悪と呼ばれている人のことなのだろうが、結局は《人も鬼も同じ》なのである。悪役から放たれる愛や話し合いの打診、その繋ぎ目を跳ね除けているこちら側の方がよっぽど鬼なのではないか。かっこいいだけで終わらない、考えさせられる1曲だ。4曲目まで来ても、全く飽きを感じない。

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❺あのこと?

秘めた思いをしっとりと歌い上げる折り返し地点の曲。ファルセットの高音が、曲調と心情表現に限りなく大きな役を買っている。

 

一緒にいるけれどどこか壁を感じる〈私〉と〈あなた〉。『燦々と降り積もる夜は』の《別れとセットだってのに「それでもいいから居ようよ」》に対し、《いつかは消えてなくなるものを 綺麗なら綺麗なほど愛せない心》。どちらも共感できるし、同時に存在している気持ちだと思う。その赤裸々さを、《幸せのそばでうしろめたいよ》と書くのが秋山の叙情的な魅力だ。

 

〈私〉と〈あなた〉の関係性はなんだろうと考えを巡らせ、倦怠期の男女と仮説を立てた。

あのこととは別れ話であって、別れが頭によぎらないようにオチのない話や他愛もない会話をしたいけれど、〈あなた〉の言葉や態度はどんどん無愛想で無理しているように映る。《光が傷に染みてるの?》は、愛し合っていた日々と今との差にお互い悩んでいるのかな。「別れよっか」を言えない男女。幸せな思い出ができる度に終わりが怖くなり、その不安を独り抱えている。そんな〈わたし〉の思いが綴られているようだ。

 

曲名につく〈?〉はなんだろうか。、歌詞でもあのことという言葉に「」の有無の違いがあったりする。〈わたし〉が「別れる?」と切り出したのか、〈あなた〉が「そろそろ潮時か?」と予感したのか。はたまた、「え、別れるの?」といった予期せぬ発言への驚きなのか。希望にも絶望にもとらえられる、ふたりの絶妙な関係がくすぐったい。

 

 

❻Night park

言葉巧みに踏まれた韻といい、この曲も響きがとても気持ち良い。《不安感とランニング後》という別々の心臓の拍動を、感情と理性(物理)を並べるセンス。なんといってもサビの解放感。

歌詞の随所に仄暗さはあるものの、それは宇宙のような、暗いけれどワクワクするような子供心を刺激するもの。Night park=夜の公園、まさに曲名通りのドキドキ感。宇宙と書いたけれど、ナイトサファリや秘密の冒険でもいいかもしれない。普段見せている姿とは別の一面に自分が忍び込むような。

 

実はこの曲が1番歌詞をほぐす作業が一筋縄ではいかずに、私を悩ませた。感情の前払いってなんだろう?4回ずつ鳴る生きてる証って?いくらでも考えを巡らせられる。

感情の前払いは、今抱くべき感情を封じ込め少し先の自分が抱くであろう感情を無理に呼び起こしてるってことなのか。《存外君だけじゃないってさ》と君との別れを経験したのち、本当は辛いけれど友人と会ったり笑ったりすることで無理やり君を忘れたあとの楽しさを得ていることなのか。

《4回ずつ鳴る生きてる証》とはなにか、これがここ1ヶ月ずっと頭を占めている。いつか本人を前に聞いてやりたい。喜怒哀楽のことか、四つ打ちのことか、四季のことか、はたまた心臓の4部屋のことか。パソコンの不調を知らせるビープ音は、4回鳴ると電源に問題が発生しているということらしい。何のことなのか気になるとともに、永遠にこのテーマについて考えていたいとも思う。沼にはまっている。

 

 

❼うつつ

夏の終わりの清涼感と淋しさを纏った『うつつ』。〈君〉がいない生活を夏の風物詩とともに描く。

 

初恋や元カノ引きずっている曲。《指先で壊せる》ということはLINEでの別れだったのか?最近SNSに塗れた現代社会からの逃亡や皮肉を歌った作品をちらほら聴くが、私は結構好きだ。(髭男のペンディング・マシーンなど。)

フルーチェで美しさやあどけなさを表すの、とても良い。俳句でいう季語のような使い方。それからの《酔いが覚めていた》、急な大人の表現。このさりげない一言で対を表すお洒落さに脱帽。

1番《優しさは全てを変えてしまうよ》→2サビ後《まだ返し足りない 思いやり》から、ふたりの過ごした日々がぼんやりと想像できる。何度も一緒に夏を過ごしてきたのか、お互いのためを思って別れたのか。

 

『あのこと?』で別れを前にもだつく男女を描いてからの、この別れた後の様。夏の風を感じるほどの瑞々しさで歌うからこそ、ただ悲しいというだけに着地しないところが素敵だ。

 

 

❽PUPA

『PUPA』とはのこと。『うつつ』から夏の曲が続く。夏と蛹といえば、セミの羽化が頭をよぎる人が多いのでは。

 

《内に隠した中3と 五体に降り注ぐ6月》この歌詞を初めて聴いた時、わかりそうですぐに理解はできない、ただ文章としてとても綺麗だと虜になった。6月は本来羽化目前の時期だが、《俺一人が蛹のまんま》=成長のない怠惰な日々を〈俺〉は消費しているようだ。

 

そして最注目したいのがやはり、《「エンドロールで名前が無い」よりさあ「イデオロギーがクソつまんない」》の強烈なパンチライン。エンドロールに名前が流れないということは、人生でこれといった目立ったことがなく、人に対しても特段影響を及していないということだろう。イデオロギーとは信条のこと、それがつまらないとなると目標や自分なりのポリシーが浅はかだったり存在しなかったりということか。

ここまでアルバムを通して、他者との繋がりや夢追う姿をあらゆるシチュエーションで歌ったからこその説得力。一瞬の輝きや人からの評価を気にするより、生きていくうえでの道標を見つけろという力強さを感じる。

 

曲中で繰り返される〈青〉。青から連想できるのは、青春・真夏の空・未熟さ。それらはどれも、曲に織り交ぜられている。

 

 

❾シャッターチャンス

シャッターを切る音から始まるのが印象的。こちらはアルバムに先駆け3月3日にMVが公開された。秋山にスポットを当てたMVは287万回再生(2022年4月12日時点)と、今作内でもかなり注目を集めている。

 

《哀に触れて》歌詞を読んでそうきたか、と。愛ではなく、哀しみか。こういうのがあるから歌詞を読むのが楽しい。《暗いうちにタクシーに乗った》と、オール明けの孤独を想起する歌詞が続く。さっきまであんなに仲間内ではしゃいでいたのに、今は誰とも分かり合えないかのようなあの感覚。寂しさと、ほんの少しの身軽さ。この感覚を曲に乗せ、言葉として形で表現できるのだからすごい。《朝になればもう》からのリリックの小気味よさよ。

0が迫るネガティブなカウントダウンは、〈君〉とともにいることで明日への駆け足へと昇華する。やはりアルバムを通して他者との関わりが描かれている。

 

〈君〉のためだったかのような曲が、気がつけばリスナーを勇気づける讃歌に変わる。一緒にいこうぜ、ぶちまけちゃえよ、そんな言葉がこの曲の秋山には似合う。《痛みにもリズムがあるのさ》と言う彼の歌が、聴く人の指針になり得る。

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①⓪白夜

アルバムで一番好きな曲。そしてこのアルバムを締め括るべき曲。

 

ここで一旦『ONE MORE SHABON』の曲たちの時間軸を確認したい。

『ナイトダンサー』『あのこと?』は日付が変わる前ごろの夜を、『Night park』『シャッターチャンス』『うつつ』『燦々と降り積もる夜は』で真夜中から明け方、朝までを歌う。

季節でいえば、『PUPA』と『うつつ』で夏を、『燦々と降り積もる夜は』で冬を歌う。

つまりこのアルバムでは、夜から朝にかけての時間帯と、夏と冬が描かれているのだ。

 

では、『白夜』はどうか。そもそも白夜とは、夜になり太陽が沈んでも暗くならない現象のことで、北極圏で6月下旬・南極圏で12月下旬頃に観測される。気づいた時衝撃を受けた。

白夜は、このアルバム全てを内包しているのだ。

夜と朝も、夏も冬も、白夜にまつわることなのである。これに気がついた時、愕然としたと同時に、このアルバムを掘り下げて本当に良かったとガッツポーズした。

この曲無くして、『ONE MORE SHABON』は完成しない。

 

歌詞について触れていく。

年齢なんて関係ない、型に嵌り夢を捨てる必要はない、しかし歳を重ねるほど夢と現実の狭間や恋愛といったわだかまりが増えていく。そう歌ってきたから秋山だからこそ、《大人にはならんけど 子供じゃなくなるのさ》という言葉が出てくるのだろう。

 

《幸福で満たされているっていうのは 空になるどちらかの孤独だね》私の一番好きなところ。生と死、善と悪、僕と君、夢と現実。いつだって両方の立場にいるからこそ書ける歌詞じゃないか。

 

喪失や幸せの終わりが過ぎる描写が続くが、やはり最後に《幸福で死にたくないっていうのは  この地球上で君と居たい証だね》と希望で締めてくれる。多くの人を救ったであろうこのアルバムらしい終わり方だ。

この曲に出会えて本当に良かったし、これからも必ずや大切にしていきたい。

 

 

■さいごに

初めまして。みちゃこと申します。

まず、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。

 

私が初めて発信するアルバムレビューにこのアルバムを選んだ理由はシンプルで、初めて聴いた時から『ONE MORE SHABON』の虜だからです。

1ヶ月経った今でもふと聴き返し、考え、やっぱり良いなと思うからです。

 

私事ですが、一度は大学を卒業し就職しましたが、この4月から音楽ビジネスを学ぶために専門学校に入学しました。

夢は音楽雑誌記者です。

ナマモノであり形がない音楽というものを、時代や個人を飛び越えて共有できるだけでなく

しっかりと残していける、音楽雑誌に携わることです。

 

現時点では音楽の知識がからきしなく、読んでくださった通り歌詞について触れることが精一杯です。

専門学校での2年間を通じ、より専門的で誰かの心に残る音楽の文章を書いていきたいと強く思います。

いっぱしのファンの成長過程を、ともに歩んでくださると嬉しいです。

 

改めて、秋山黄色さんと読んでくれたあなたに、心から感謝申し上げます。

 

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